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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)499号 判決

原告 国

代理人 上原洋允 山村恒年 小西隆 小林茂雄 中村繁夫 林田光教 宮崎正巳 八木源二 梶原周逸 野口成一 ほか四名

被告 金熙

主文

被告は原告に対し、別紙第一、第六ないし第九目録記載の各土地について所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  本件土地がもと本件旧所有者らの所有であつたこと、原告主張のとおり本件土地の一部につき合筆、分筆がなされ、また各登記がなされていること、被告主張の本件旧所有者らの死亡に関する事実及び同人らと本件相続人らとの身分関係については、当事者間に争いがない。

二  まず、原告(旧陸軍省)が本件旧所有者らから本件土地を買上げたとの原告の主張について判断する。

<証拠略>を綜合すると、次の事実が認められ、<証拠略>中次の各認定に反する部分は信用できない。

1  旧陸軍省は、太平洋戦争の戦況が次第に不利となつた昭和一八年秋ごろ、中部軍経理部に所管させて、名古屋清洲飛行場、淡路島榎列飛行場と併行して、兵庫県美嚢郡別所村、加古郡母里村、八幡村の三か村にまたがる一帯の土地を買上げて軍用の三木飛行場を建設する計画をたてた。

そして、右経理部係官らは、右三か村に対し右計画実現への協力を求めたうえ、昭和一八、九年ごろ現地を踏査して右三か村にまたがる一帯約二〇〇万平方メートルの土地を三木飛行場用地に決定し、その買上げに関する事務を前記三か村に委嘱したのであるが、本件土地はいずれも三木飛行場用地に含まれていた。

2  右経理部係官は、関係の部落区長、役員などと相談して、三木飛行場用地の土地買上げ代金、地上物件移転料、立木等の補償料等の単価を時価より相当高額に決定した。

3  そして、右経理部係官は、昭和一九年二月ごろ、前記三か村の村長や部落区長、役員らの協力のもとに開かれた旧所有者らの集会において、三木飛行場用地の売却、その早急な引渡と同飛行場建設への協力を要請し、併せて前記のとおりの買上代金、移転料、補償料などの単価を告げ、その買上げ手続は村役場を通じてするとの方針を説明した。

これに対し旧所有者らは、時局柄旧陸軍の前記目的による買上げ申込みを拒絶もできず、挙国一致の戦争遂行に協力する意味でこれに応じる態度を示し、その後間もなく三木飛行場用地を旧陸軍省に引渡した。

4  そこで前記別所村は、昭和一九年三月初ころ、部落役員に手伝わせるなどして村役場吏員に三木飛行場用地のうち同村内にある土地(以下村内用地という。)の買上げによる登記の準備として分筆を要する土地の測量を行わせ、また、関係各部落ごとに区長(部落長)ら数名の者を軍用地買収調査委員に任命し、村内用地の買上げに関し必要な調査および書類の作成に当らせた。その結果、これらの作業は昭和一九年九月ごろ完了し、旧所有者らに支払うべき買上代金、移転料、補償料等の金額が具体的に算定されるに至つた。

5  そのころになると、更に一層戦局は緊迫しB二九による本土空襲のもとで挙国一致の総力戦態勢が強く叫ばれる情勢にあつて、本件旧所有者を含む村内用地の旧所有者全員は、前記のとおり算定された代金額で右土地を売却することを承諾する旨別所村を通じて中部軍経理部に申し出る一方、別所村長に対し右代金等の請求及び受領を委任し、その旨の委任状を提出した。

そこで中部軍経理部は、本件土地をはじめ村内用地の買上げ代金、地上物件の移転料や補償金を一括して別所村長を受取人として別所村農業会に送金し、同村長は昭和一九年一二月四、五日などに、本件旧所有者をはじめ村内用地の旧所有者に右金員を支払い、同人らは村が用意した受領証に受領印を押捺した。

6  中部軍経理部は別所村に対し、村内用地の買上げに伴う所有権移転登記などの事務手続を依頼し、別所村において昭和一九年三月末以降旧所有者らに印鑑証明書、登記委任状等の提出を求めるなどしていたが、戦争末期の人手不足の中で大量かつ複雑な事務手続がふくそうし、しかも担当吏員の応召などのため右登記手続が著しく遅れ、中部軍経理部においても再三その督促をしているうち、終戦を迎えた。

7  三木飛行場用地は、昭和一九年三月ごろ以降勤労奉仕などにより飛行場建設工事が行われ、同年秋ごろには一応飛行機の発着が可能となり、終戦まで軍用飛行場として使用されていたが、昭和二〇年一〇月一〇日旧陸軍省から大蔵省(大阪財務局)に引継がれ、昭和二三年七月二四日大阪財務局から京都農地事務所に管理換され、その大部分は開拓者や増反者(地許農民)に自作農創設特別措置法、農地法により売渡され、農業用地として開拓された。そして、本件旧所有者や本件相続人らは、このように本件土地を占有しないまま、国や兵庫県に対して、永らくの間、所有権も主張せず占有回復について何らの請求もしなかつた。

8  原告は、現在、三木飛行場用地の大部分については、旧所有者から所有権移転登記を受けており、本件旧所有者の一人である中嶋忠太郎もまた、八幡村所在の三木飛行場用地については原告に対し右登記手続を済ませている。

以上の諸事実に、後記三1に認定の諸事実を総合して判断すると、本件旧所有者は原告に対し、昭和一九年ごろ、本件土地を売渡し、原告はその所有権を譲受けたものというべきである。

三  次に、被告は本件土地を買受けたと主張するのに対し、原告はこれを否認し、仮に被告が右主張のとおり本件土地を買受けたとしても、被告及びその前主は背信的悪意者であると主張するので、これらの点について判断する。

1  <証拠略>によると、戦後旧所有者の一部は、集団で三木飛行場用地の一部を国から払下げを受けて分配したが、その結果が不公平であると不満を持つた一部旧所有者が国や兵庫県からの登記の要請に応じなかつたこと、そのほか旧所有者の一部は、その後の地価の高騰に刺激され、或いは三木飛行場用地の一部が旧所有者にではなく入植の開拓者や地許農民の増反者らに払下げられたことに不満を抱いて、代金未受領と称して買上げを否認したり、或いは戦争終了により不用となつたときは返還する約定があつたと称したりして、国や兵庫県からの登記手続の要請に応じなかつたこと、これらの者のうち、北本伝治、中嶋敏悟らをはじめとする旧所有者らは、更に進んで、自分らに登記名義が残されていることを奇貨として、昭和四三年ごろ以降、国と兵庫県に対し再三所有権を主張して土地の返還を要求し、公職立候補歴のある大和虎之助が三木飛行場用地の一部を大西甚一平から買受けた旨の契約書を作成し、同人とともに県庁で抗議行動をするなどのことがあつたけれども、国や県にいずれも拒絶されたことが認められる。

2  <証拠略>によると、前段認定の事情があつたことから、北本伝治、中嶋敏悟、大和虎之助らは協議のうえ、本件旧所有者らを含む旧所有者らであつて国への所有権移転登記が未了の者に働きかけ、その登記名義を他に移転して国や前記のとおり払下げを受けた農民らを困らせ或いは自分達の利益を計ろうと企て、第四土地については本件旧所有者大西甚一平の管理人をしていた北本伝治において右大西甚一平およびその弟大西肇に働きかけて右兄弟間で売買契約を締結させ、その余の本件土地については中嶋敏悟において弟の中嶋敏博、中嶋顕、叔父の中嶋健、弟中嶋敏博の岳父中嶋行信に働きかけ、これら本件前所有者の同意を得て、本件土地を含む三木飛行場用地内の土地計二七筆を転売しようとしたこと、中嶋敏悟を除く本件前所有者らは、いずれも本件土地の位置や境界が殆んど判らず、これらを使用占有することもなく関心もなかつたので、たやすくこれに同意したこと、ところが、三木飛行場用地が旧陸軍省に買上げられた後に前記農民らに払下げられたことは新聞に度々報じられ、事実、三木飛行場用地は、兵庫県三木土地改良事務所が耕地整理を完了し、縦横に道路水路が建設され用水池も作られ、飛行場建設前の旧態を全く止めず、本件前所有者らも、本件土地の各筆についてはおろか全体についてもその位置と境界を明確にできなかつたため、その売却交渉に応じるものはなかつたことが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分はたやすく信用できない。

3  <証拠略>によると、岡本清一は、業者を通じて北本伝治、大和虎之助らから本件土地を含む三木飛行場用地内の土地計二七筆の売買の交渉を受けたこと、ところで岡本清一は、被告とは古くからの知合で共同で金融業を営んだこともあり、昭和四三、四年ごろは被告が岡本清一の不動産仲介業を手伝い、被告の独立後はそれぞれが経営する会社に互に就任しあうなど密接な関係にあつたこと、被告は韓国人の鹿山清とも古くからの知合で、岡本清一が後記のとおり本件前所有者らと交渉する際にも被告はわざわざ三木まで鹿山清に同行するなど親しい間柄であつたが、前記のとおり計二七筆の土地の売却交渉を受けた岡本清一は、鹿山清と協議し、右交渉に応じてこれを買受け他に転売するなどして得た利益を両者で分配する旨合意したこと、そして、右合意に従つて岡本清一が交渉に当り、昭和四四年一月末、前記計二七筆の土地を実測面積が約一万二〇〇〇坪あるものとして買受けた後、岡本清一、鹿山清および被告は、前記合意における鹿山清の地位を被告が承継する旨合意したこと、右のとおり岡本清一らが前記土地計二七筆を買受ける際、北本伝治、中嶋敏悟、大和虎之助や本件前所有者らは、売買目的土地の大凡の所在は指示できたが、位置と境界を具体的に特定して指示できなかつたばかりか、岡本清一らが売買目的土地であるとして測量した区域には、耕地整理で建設された道路水路や、藤田養鶏場とその住宅、農家や田畑があつたけれども、前記売渡人らが直接使用占有している形跡はなかつたこと、また、岡本清一は、右買受けの際北本伝治から、中部軍経理部の買上げとその後の払下げ並びに旧所有者と国や兵庫県との間の交渉などの経過、その結果転売を決意するに至つた事情などを詳細に聞いたし、前記測量の際、地許の者四、五人が岡本清一に対し県から払下げを受けた土地であると異議を述べたので、岡本清一自身、兵庫県庁で担当者から事情を聞いたことが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分はたやすく信用できない。

4  <証拠略>によると、岡本清一は昭和四四年三月五日宮迫豊との間で、同人に対し前記二七筆の土地のうち藤田養鶏場の敷地など他人の占有地や道路敷部分など約二〇〇〇坪を除く約一万坪を、坪当り金一〇〇〇円の代金額で売渡す旨契約したことが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分はたやすく信用できない。

5  ところで証人中嶋顕は、同人と長兄中嶋敏悟、次兄中嶋敏博の三人の共有する第四土地を含む<証拠略>記載の土地を、前記認定のとおり岡本清一らに売却した代金を右三人で等分し一人当り一〇〇万円位受領した旨供述するが、仮に右代金全額を金三〇〇万円としこれを<証拠略>記載の土地の公簿面積合計五四七九坪で割ると、坪当り価格は金五四七円余となるし、また、証人中嶋健も、第五土地を含む<証拠略>記載の土地を前記認定のとおり岡本清一らに売却した代金額は金一〇〇万円前後との供述をするが、仮にこれを金一〇〇万円としこれを<証拠略>記載の土地の公簿面積合計一五三四坪で割ると、坪当り価格は金六五二円となるところ、これらの事情と前記4に認定した事実を対比すると、岡本清一らは本件土地を時価よりも著しく安く買受けたことが推認できる。

以上の諸事実を通観するときは、大西肇は、大西甚一平、北本伝治、中嶋敏悟らと相通じ、国が第三土地を買上げたのち開拓者増反者に売渡したことを知りながら、登記名義が兄の大西甚一平にあることを奇貨として、前記のとおり売渡を受けた正当な権利者をはじめ国や兵庫県を法的に不利な立場に追いやり、また、不当な利益をも得る目的で、大西甚一平から第三土地を譲受けて自己の所有名義に登記したものと推認できる(この推認に反する証人大西肇の証言部分はたやすく信用できない。)のであつて、このような背信的悪意者の大西肇が原告に対して登記の欠缺を主張することは、信義則にもとり公序良俗に反し許されないものと解するのが相当である。

更に、大西肇を含めて本件前所有者らは、北本伝治、中嶋敏悟らと相通じ、国が本件土地を買上げたのち開拓者増反者に売渡したことを知りながら、まだ国に所有権移転登記をしていないことを奇貨として、同様の目的で本件土地を転売しようとしていたものであり、岡本清一をはじめ被告や鹿山清もまた、このような事情を知りながら、相通じて、本件前所有者らの意図を助けかつこれに乗じて自らも不当の利益を得る目的で、不当な安値をもつて本件土地を買受け、被告の所有名義に登記したものと推認でき、<証拠略>中右推認に反する部分はたやすく信用できない。してみると、このような被告が、原告国に対し登記の欠缺を主張することは信義則にもとり公序良俗に反するということができるから、原告は背信的悪意者である被告に対し、登記なくして自己を当事者とする物権変動の効果を主張し、被告を当事者とする物権変動を否定しこれに対抗できるものといわなければならない。

四  そして、原告は、三木飛行場用地を売渡した相手方に対し本件土地の所有権移転登記をすべき義務があり、その履行のために、被告に対し本件係争地につき所有権移転登記手続を求めるものであることは弁論の全趣旨から明らかであるから、原告の本訴請求はいずれも正当として認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔)

別紙第一ないし第三目録 <略>

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